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友人と自分の婚約指輪の比較は人生の比較


女性同士の付き合いの中で、自分と他者を比較して優越感に浸ったり、劣等感にさいなまれたりすることがあります。
その最たるものは結婚に関することだと思うのです。
こと婚約指輪に関しては、変な探りあいが繰り広げられることも多く、普段は仲の良い友人同士でも正直お互い疲れると思います。
披露宴会場で、新婦側友人席は、新郎新婦のことなどおかまいなしに、半ば同窓会状態になる時間が長くあります。
その中で、既婚の友人などは、「あなたの時は~」とか「その指輪、見せてよ。婚約指輪でしょう」などと言うやり取りが繰り広げられることが多いのです。
既婚者同士でも、婚約指輪は結婚指輪を見せ合い、比較してしまうことはよくあります。
「私もこういうのにすれば良かった、素敵ね」というようなやり取りが多いですが、その中に大きな石が付いたものがひとつでもあれば途端に様相が変わってしまいます。
「大きいダイヤね、これいくらだったのかしら」などといったように、いやに生々しい会話になってしまうものです。
その日のドレスが貸衣装か購入品なのかどうかはまだましな方で、ご主人の職業や、酷い時は年収まで、探りに探りが入ってしまいます。
隣の芝がよりいっそう青く見えてしまうのは、華やかな場だからでしょうか。
私の指輪はそういった大きなダイヤモンドではないので、既婚者同士でのやり玉にあげられたことはありません。
残念ながら羨ましがる下々の立場ですが、そんな私でも独身者からは羨ましがられたことがあります。
それは婚約指輪云々よりも結婚そのものを、です。
素直に表現してくれれば良いのですが、そうでない人もいて、その後の付き合いに大きな変化をもたらすこともありました。


学生時代の友人の結婚式ではこんなことがありました。
テーブルの半分が既婚で子連れも中にはいたのです。
その子達は、新婦の親友の子達で、ベールガールやリングボーイなどのお役目を任された子達でした。
出席は新婦の希望だったわけですから、別に非常識とまでは思いませんでした。
しかし独身組の解釈は違ったようです。
最初は、例に漏れず、「いつ結婚したの」「指輪を見せて」「新婚旅行のお土産もらってないよ」などから始まったのですが、「でもこんな程度のダイヤモンドのために人生犠牲にして子供産むなんて私には考えられないわ。もっとしたいこともあるし、仕事もやりがいあって楽しいし。」と言い出した人がいたのです。
独身組はそれに同調しなければ負け組になるとでも思ったのか、一斉に「そもそもこういう場には子供は連れて来ないのが常識なのに」「新婦がお役目を与えたのは子連れを了承するための条件みたいなものでしょ」など口々に言い出したのです。
挙句「子供まで産んでそんな派手なドレス着るくらいなんだから、仕方ないよ」とまで。
お酒に酔ってしまったのか、非常識だと批判している人がとても非常識ではないかと言う図式になってしまっていました。
既婚組も「三十路超の新婦は決して若い部類じゃないんだから、友人席から華やかさで引き立ててあげないとね。黒ばかりじゃ引き立て役も務まらないわ。」などと応戦してしまい、結局最後まで火花が散る事態となってしまいました。
独身時代が長いと、友人の結婚式にも呼ばれ慣れて、自分の理想が高くなってしまうという傾向にあるとは聞きます。
実際、年をとるごとに呼ばれる結婚式は趣向を凝らしたお金もかかっていそうなものになっている気がします。
そうやって女性は他者と自分を比較し続けます。
子供が生まれても、育て方や進学先、果ては就職先まで比較し合って生きていくのでしょう。
それが、女性の人生の栄養分にもなり、毒にもなるのです。

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